あなたの大きなからだでぎゅっと。 からだの問題で、あなたが最も解決したいのはどれですか?

「これって恋? 」好きな人の定義ってなに?

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今、こころとからだの健やかさの質を高める、 マインドフルネス瞑想やボディワークなどが人気を呼んでいます。 そこには、これまでの、 「筋肉を鍛える」「ダイエットする」 といったものとは異なる、体からだに対する向かい方に関心が向かっていることが背景にあるのでしょう。 からだの感覚に注目し、 心身が心地よい状態へとフォーカスすることで、 深い気づきや静けさを得たり、 自己肯定力や自己決定力といった心身の豊かさを育んでいく。 これらは、 こころとからだのつながりを目指す 「ソマティックワーク」という新しいフレームワークです。 その手法は、タッチやダンス/ムーブメントなど多岐にわたり、 1人で行うワークから、ペアやグループで行うワークもあり、 自分に向くものはそれぞれ異なります。 そこでこの連載では、 これからの時代を生きる私たちにとって、知っておくべき「からだのリベラルアーツ(一般教養)」として、各ワークの賢人たちの半生とともに 「ソマティックワーク」が持つ新しい身体知を紹介し、 それらが個々の人生や健康の質をどう変化させたのかを探っていきます。 あなたのからだは、無限の英知から成り立っています。 フィットネスや筋トレとは少し異なる、健康への新しいアプローチです。 第1・2回目は、からだの不必要な緊張を取り除くことで心を伸びやかにし、からだの動きや仕事、演奏、スポーツなどのパフォーマンスを高めるアレクサンダー・テクニークを、片桐ユズルさんにご紹介いただきました。 今回からは実践編。 を主宰するアレクサンダー・テクニーク教師の 石井ゆりこさんに、 「緊張体質がなおらない」という人のためのワークを教えていただきました。 Image: iStock かつて緊張が抜けずにうまく歌えなかった 前回までの片桐ユズルさんの回ですでにご紹介の通り、アレクサンダー・テクニーク(Alexander Technique)とは、オーストラリアの俳優フレデリック・マサイアス・アレクサンダー(Frederick Matthias Alexander, 1869-1955)が創り出したボディワーク(アレクサンダー・テクニークの場合は、ボディマインドワーク)である。 アレクサンダー・テクニークは、「緊張」をパフォーマンスに有効活用できるようになるため、アーティストなどが主に、このワークを受けている。 もちろん心身が緊張しやすい「緊張体質」の方にもおすすめのワークである。 神奈川県鵠沼でアレクサンダー・テクニークを教える「 」の石井ゆりこさんも、かつて同じような悩みを持っていた。 連載を含む記事の更新情報は、とでお知らせしています。 更新情報やイベント情報などのお知らせもありますので、 ぜひご登録または「いいね!」をお願いします。 —Profile—.

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ソマティックワーク入門 第三回 アレクサンダー・テクニーク 石井ゆりこさん(前編)

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いろんな本で書かれているように、 優しく誘導してみたり、 まずは受け止めてみたり、 こっちもいろいろ考えてやっているのに、 ちっともうまくいかない。 こちらは何より子どものことを考えて動いているはずなのに、子どもには全て否定されてしまう。 …そんな経験がつみ重なっていくと、人間はだんだん、 自分の全てを否定されているような気がしてしまいます。 だってこんなに 人 しかも愛する人 に否定され続ける経験って、今まで味わったことないですもん。 頭で考えればそんなはずないってわかるのに、あれもダメ、これもイヤと否定され続けると、どんどん自分がいけないような気持ちになってしまうのです。 わたし自身もそんな経験があるひとり。 わたしには現在11歳の娘がいます。 娘が3歳のときに離婚をしているのですが、 離婚直前の夫婦関係が最もきつかったときに、 娘のイヤイヤ期とぶつかっていました。 正直に言うと、おそらく娘のイヤイヤ期はたいしたことなかったと思います。 でも当時、夫婦ゲンカで「お前はダメだ」と否定されることが多く、自己肯定感が下がりきっていたわたし。 ほんの少しのことでも娘に「イヤだ」と言われると、娘にまで自分を否定されてしまうのかと絶望して、全てを投げ出したいような気持ちになっていました。 今でもその時の感覚を思いだすと、 胸がぎゅっと苦しくなる。 それくらい 「一生懸命にやっていることを否定される」しかも 「愛する人に否定される」という体験は、 自分に自信を失ってしまうくらい大きなことなのです。 だんだん行き詰まってくると、 「イヤだイヤだって言われても、わたしの方がもうイヤだよ!こっちが泣きたいよ!」 という気持ちになってきますよね。 たとえば靴を履くときに、子どもが「履かせて!」と言うから手伝ったのに、「イヤだ!自分で履く!」と言われる。 これひとつだけなら、 それくらいかわいいもの。 「うん、イヤイヤ期だもんね」と笑っていられるのですが、靴を履いたら今度は玄関先で「行く行かない」の戦いが始まり、やっと出かけたと思ったら今度は、「抱っこするしない」「歩く歩かない」の戦いが始まる。 これが 24時間毎日続くのです。 でも忘れてはいけないのは、 子どものイヤイヤは、決して親を否定している訳ではないということです。 何をやっても全部イヤだと言われて、まるで自分の存在を否定されているように感じるかもしれない。 でも 子どもも、その内側でがんばっているのです。 「自分で靴を履きたい!でもうまく履けない! 履きたい!履けない!ママ手伝って! でも本当は自分で履きたい!うわーん!」 「あのおもちゃが欲しい!ママ買って! 今は我慢しなくちゃいけないこともわかる! でも欲しい!でも欲しい!うわーん!」 と、こういう葛藤を上手に表現できるだけの語彙もまだないので、ここにさらに「うまく言えない!」というもどかしさも加わって、あの強烈なイヤイヤができあがるのです。 だから、 決して親のやることが気に入らなくて否定している訳ではないのですよね。 11歳の娘はもう抱っこできないほど大きく育ちました。 しかし今でも自分から「ぎゅっとして」と言ってきます。 つい先日のことですが、 「たまにはママもぎゅっとしてほしい」 と言ってみました。 すると「いいよ」と言って、娘の方からぎゅっと抱きしめてくれたのですが、その幸せなこと! 大好きな人の腕に包まれるって、何ともいえない安心感で満たされますね。 思わず、「いつもこんなに良い思いをしていたの!ずるい!」と言ってしまいました(笑)。 これは言葉でいくら言っても伝わらない、 からだ全身で体感するコミュニケーションです。 どんなにイヤだと言っても、 いろんなことがうまくいかなくても、 それでもママが(パパが) ぎゅっと抱きしめてくれる。 それはきっと、自我の芽生えで不安定な子どもの心に最高の安心をプレゼントできることでしょう。 終わりの見えないイヤイヤ期だからこそ、ぎゅっと抱きしめて、一生残るからだの記憶をお互いに刻んで、しんどい時期を乗り越えていきましょう。 しんどい時期を乗り越えたときこそ、 親子の絆は最強になるのです。

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ARUN CONSCIOUS TOUCH JAPAN: Day 21:からだにありがとう 〜生に呼吸し、愛を分かち合う21日間〜

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いろんな本で書かれているように、 優しく誘導してみたり、 まずは受け止めてみたり、 こっちもいろいろ考えてやっているのに、 ちっともうまくいかない。 こちらは何より子どものことを考えて動いているはずなのに、子どもには全て否定されてしまう。 …そんな経験がつみ重なっていくと、人間はだんだん、 自分の全てを否定されているような気がしてしまいます。 だってこんなに 人 しかも愛する人 に否定され続ける経験って、今まで味わったことないですもん。 頭で考えればそんなはずないってわかるのに、あれもダメ、これもイヤと否定され続けると、どんどん自分がいけないような気持ちになってしまうのです。 わたし自身もそんな経験があるひとり。 わたしには現在11歳の娘がいます。 娘が3歳のときに離婚をしているのですが、 離婚直前の夫婦関係が最もきつかったときに、 娘のイヤイヤ期とぶつかっていました。 正直に言うと、おそらく娘のイヤイヤ期はたいしたことなかったと思います。 でも当時、夫婦ゲンカで「お前はダメだ」と否定されることが多く、自己肯定感が下がりきっていたわたし。 ほんの少しのことでも娘に「イヤだ」と言われると、娘にまで自分を否定されてしまうのかと絶望して、全てを投げ出したいような気持ちになっていました。 今でもその時の感覚を思いだすと、 胸がぎゅっと苦しくなる。 それくらい 「一生懸命にやっていることを否定される」しかも 「愛する人に否定される」という体験は、 自分に自信を失ってしまうくらい大きなことなのです。 だんだん行き詰まってくると、 「イヤだイヤだって言われても、わたしの方がもうイヤだよ!こっちが泣きたいよ!」 という気持ちになってきますよね。 たとえば靴を履くときに、子どもが「履かせて!」と言うから手伝ったのに、「イヤだ!自分で履く!」と言われる。 これひとつだけなら、 それくらいかわいいもの。 「うん、イヤイヤ期だもんね」と笑っていられるのですが、靴を履いたら今度は玄関先で「行く行かない」の戦いが始まり、やっと出かけたと思ったら今度は、「抱っこするしない」「歩く歩かない」の戦いが始まる。 これが 24時間毎日続くのです。 でも忘れてはいけないのは、 子どものイヤイヤは、決して親を否定している訳ではないということです。 何をやっても全部イヤだと言われて、まるで自分の存在を否定されているように感じるかもしれない。 でも 子どもも、その内側でがんばっているのです。 「自分で靴を履きたい!でもうまく履けない! 履きたい!履けない!ママ手伝って! でも本当は自分で履きたい!うわーん!」 「あのおもちゃが欲しい!ママ買って! 今は我慢しなくちゃいけないこともわかる! でも欲しい!でも欲しい!うわーん!」 と、こういう葛藤を上手に表現できるだけの語彙もまだないので、ここにさらに「うまく言えない!」というもどかしさも加わって、あの強烈なイヤイヤができあがるのです。 だから、 決して親のやることが気に入らなくて否定している訳ではないのですよね。 11歳の娘はもう抱っこできないほど大きく育ちました。 しかし今でも自分から「ぎゅっとして」と言ってきます。 つい先日のことですが、 「たまにはママもぎゅっとしてほしい」 と言ってみました。 すると「いいよ」と言って、娘の方からぎゅっと抱きしめてくれたのですが、その幸せなこと! 大好きな人の腕に包まれるって、何ともいえない安心感で満たされますね。 思わず、「いつもこんなに良い思いをしていたの!ずるい!」と言ってしまいました(笑)。 これは言葉でいくら言っても伝わらない、 からだ全身で体感するコミュニケーションです。 どんなにイヤだと言っても、 いろんなことがうまくいかなくても、 それでもママが(パパが) ぎゅっと抱きしめてくれる。 それはきっと、自我の芽生えで不安定な子どもの心に最高の安心をプレゼントできることでしょう。 終わりの見えないイヤイヤ期だからこそ、ぎゅっと抱きしめて、一生残るからだの記憶をお互いに刻んで、しんどい時期を乗り越えていきましょう。 しんどい時期を乗り越えたときこそ、 親子の絆は最強になるのです。

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