フェデラー ウィンブルドン。 ウィンブルドン選手権男子シングルス優勝者一覧

ウィンブルドンは保険で約153億円を受け取る見込みも、小規模大会は存続の危機

フェデラー ウィンブルドン

【AFP=時事】男子テニス、世界ランク3位のロジャー・フェデラー(Roger Federer、スイス)が20日、長年抱えていた膝の問題を解決するため手術に踏み切り、戦列復帰するのは全仏オープンテニス(French Open 2020)以降になると明らかにした。 四大大会(グランドスラム)通算20勝を誇るフェデラーは自身のフェイスブック(Facebook)アカウントに、スイスで19日に手術を受け、5月24日から6月7日まで開催される全仏オープンを含めしばらくツアーを欠場する見通しだと発表した。 「このため、ドバイ・テニス選手権(Dubai Duty Free Tennis Championships 2020)、BNPパリバ・オープン(BNP Paribas Open 2020)、ボゴタ(Bogota、でのエキシビション)、マイアミ・オープン(Miami Open 2020)、そして全仏オープンを見送ることになる」 キャリア通算103勝を誇るフェデラーは、可能であれば手術は回避する意向だったものの、右膝の状態がそれを許さなかったと説明。 グラス(芝)コートで復帰し、ウィンブルドン選手権(The Championships Wimbledon 2020)で通算9度目の優勝を目指すとしている。 歴史的名勝負となった昨年の同大会決勝では、2本のマッチポイントを握りながらもノバク・ジョコビッチ(Novak Djokovic、セルビア)に敗れた。 昨年のローラン・ギャロス(Roland Garros、全仏オープン)ではベスト4入りを果たしたフェデラーは、「ずっと右脚に悩まされていた」「どうにかやり過ごせることを願っていたが、検査してチームと話し合った結果、昨日スイスで関節鏡視下手術を受けることに決めた」「手術の後、これが正しいかったこと、そして必ず完治するという医師のお墨付きをもらった」「再びプレーに戻ることが待ちきれない。 芝で会おう」とつづった。 2009年の全仏王者フェデラーが、同大会を欠場するのはここ5シーズンで4回目。 これで今年のローラン・ギャロスでは、通算12度の大会制覇を誇る往年のライバル、ラファエル・ナダル(Rafael Nadal、スペイン)がフェデラーと並ぶグランドスラム通算20勝目を記録する可能性が高まった。 フェデラーは2016年2月にも左膝の手術を受けており、この年はわずか7大会の出場にとどまった。 しかしながら、このときの6か月間の休養が報われて翌年には全豪オープンとウィンブルドンでタイトルを獲得。 2020年シーズンは全豪オープンの1大会でプレーしただけで、再びジョコビッチの前に準決勝敗退となった。 【翻訳編集】AFPBB News.

次の

フェデラーがウィンブルドン100勝目の懸かる錦織戦へ、勝てばナダルか 写真12枚 国際ニュース:AFPBB News

フェデラー ウィンブルドン

絶対王者と同世代だったテニス人生、様々な感情が絡みあっただろう。 『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。 それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載します! 今回は国内外のテニス取材、執筆を手掛ける山口奈緒美氏。 同氏が挙げたのは2009年ウィンブルドン選手権決勝、フェデラーvs. ロディックの一戦です。 ウィンブルドンのクラブハウス内、センターコートへと出る通路の壁に記されている一文のことは、少なくともテニス通の間ではよく知られる。 詩には12の『If(もし)』が綴られ、最後に「この世とそのすべては君のもの。 そして、君は一人前になる」と続く。 2008年のウィンブルドンでは、BBCの企画でロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルが全編を朗読し、100年も前の詩が現代に蘇った。 センターコートに向かう直前の訓示。 人としての品格を示すひとつひとつの「もし」は今の時代も胸に響き、前述の一節がウィンブルドンを居場所としたとき、「栄光と災厄」は「勝利と敗北」という具体的な事象となる。 センターコートでプレーをする栄誉に浴する者は誰もが、この崇高な訓示の門をくぐって戦いの舞台へ向かうのだ。 ファンがその意味を噛みしめようとするなら、それぞれに思い起こす伝説の一戦があるのではないだろうか。 近年映画化もされた1980年のジョン・マッケンローとビヨン・ボルグの死闘かもしれないし、<テニス史上最高の試合>とも謳われる2008年のナダル対フェデラーかもしれない。 二強に弾かれた男、ロディック。 すばらしい試合であればあるほど、ときに結末はどう転んでも残酷だ。 勝利も敗北も同様に扱う? 時間がそうさせることもあるが、何年経とうが到底無理なこともある。 2009年のウィンブルドン決勝は、まさにその後者だろう。 前年ナダルに奪われたタイトルの奪還と1位返り咲きを狙うフェデラーと、3度目の決勝で初の栄冠に懸けるアンディ・ロディックが繰り広げたファイナルセット16-14の激闘の結末は、単なる目撃者でありながら今思い出してもなお切ない。 時はフェデラーとナダルの二強の全盛期。 ウィンブルドンの決勝も過去3年連続でこの二人が争っていた。 フェデラーの1つ下だがフェデラーよりも先にナンバーワンに上り詰めたロディックは、この二強時代に弾かれた大物の1人といっていい。 復活を遂げたビッグサーバー。 2003年のウィンブルドンで初のメジャー優勝を果たしたフェデラーと、同年の全米オープンを制したロディック。 新たなライバルの時代の幕開けと期待されたが、そうはならなかった。 フェデラーがピート・サンプラスに並んで男子では当時史上最多記録となる14のグランドスラム・タイトルを積み重ねてきた一方で、ロディックは21歳でのあの栄冠が最初で最後。 2004年と2005年のウィンブルドン、2006年の全米オープンと、決勝でロディックを破ったフェデラーが通算対戦成績も18勝2敗と圧倒していた。 最速で245キロのサーブを記録したこともあるロディックだが、過去3年のウィンブルドンでの成績は3回戦、ベスト8、2回戦。 チャンスが大きいはずの芝でさえもうタイトル争いは無理と思われていた元王者が、敏腕コーチを招き、新婚の妻の支えとともに肉体改造にも取り組んで復活を遂げたのが、この2009年だった。 とはいえ、フェデラー相手では勝ち目がないというのが大方の見方。 グランドスラムV15という大記録達成がかかった一戦は、ロイヤルボックスの最前列でサンプラスも見守る中で幕を開けた。 最終セット、第30ゲームまで……。 第1セットはロディック、第2、第3セットはともにタイブレークでフェデラー。 ロディックにとって6-2でセットポイントを握っていた第2セットのタイブレークを奪われたことは痛恨の極みだったが、にもかかわらず集中力を切らさず、第4セットをワンブレークでものにして最終セットに持ち込む。 グランドスラムでの両者の対戦は過去7回あったが、第5セットまでもつれたのは初めてだ。 タイブレークのない最終セットは、互いにブレークポイントすら握らせずに8-8まで進行したあと、ついにロディックがマッチポイントに等しいダブル・ブレークポイントを握る。 しかし研ぎ澄まされた集中力でしのいだフェデラーに、このセット初めてのブレークポイント、そしてマッチポイントが訪れたのは15-14で迎えた第30ゲーム、2度目のデュースのあとだった。 最後はフェデラーの深いバックハンドに食い込まれ、ロディックのフォアハンドはコントロールを失ってコートの外へ高く舞い上がった。 いつもはフェデラー贔屓の客も。 4時間18分の攻防で、ロディックが許したブレークはこのラストゲームだけ。 奪い合ったゲームの合計数は77。 これは今でもウィンブルドンの決勝における最多記録である。 いつもはフェデラー贔屓の観客もこの日ばかりはロディックに心を寄せた。 万雷の拍手の中、マイクを向けられたロディックは胸が張り裂けそうな痛みを精一杯隠し、ロイヤルボックスのほうを向いて親しい友人に話しかけるように言った。 「ごめんよ、ピート。 阻止しようとがんばったんだけど」 黒いサングラスをかけたレジェンドは口元に優しい笑みを浮かべていた。 「僕は5回優勝していた。 それでも」 宿敵フェデラーに対しては「彼は真のチャンピオンだ。 これだけのものを手にするに値する」と述べ、フェデラーは左手を上げて控えめな笑顔で応えたが、その表情にこの日成し遂げた偉業にふさわしい晴れやかさはない。 代わってマイクの前に立つと、こう語りかけた。 「あまり悲しまないで。 僕も去年はここで同じように5セットでラファに負けたけど、こうやって……」 そのとき、ロディックが何かを言って遮った。 マイクをつけていないので聞こえなかったが、すぐにこう応じたフェデラーの言葉から推測できた。 「確かに、僕は5回優勝していた。 フェデラーは「君もまたここに戻って来て、勝つ日が来る。 今日の君は本当に強かった」と続けたが、ロディックがグランドスラムの決勝に戻ることは二度となかった。 そして、2012年の全米オープンを最後に引退。 30歳になったばかりだった。 「ロジャーが候補になった時には」 引退から5年後、2017年に『国際テニスの殿堂』に入ったロディックは、セレモニー後の記者会見で、あいかわらず少々口の悪いやんちゃなキャラを隠さずにこんなことを言っている。 「これで僕はこの先、(殿堂入りを決めるための)投票権を持てるんだよね? だったら、ロジャーがいつか候補になったときには反対票を投じる(笑)。 でも、彼を嫌いになるってことはすごく難しくてね。 今日も朝一番に僕が受け取った祝福のメッセージは、ロジャー・フェデラーという男からのものだったよ」 もしもあの試合に勝っていれば、もしもあのセットポイントのボレーをミスしていなければ……そんないくつもの『もし』と葛藤してきたはずのロディックは、こうも言った。 「そういう思いを巡らせてもキリがないし、今となっては無意味だ」と。 つかみそこねた栄光をあきらめ、残酷な敗北を受け入れた先に至った境地は、あの詩の通りであっただろうか。

次の

フェデラー ウィンブルドン映像のナレーションに挑戦

フェデラー ウィンブルドン

2019. 08追記:この記事の内容は一部古くなってしまっています。 2018ウィンブルドンの1回戦センターコートにて突如ユニクロのウェを着たフェデラーが現れ、世界中が衝撃を受けましたね。 そして、ユニクロとフェデラーの間で結ばれたアンバサダー契約は 10年間で330億円と言われ、その規格外の大型契約にあなたも驚いたでしょう。 しかし、「フェデラー=ナイキ」のエレガントなイメージを壊してまでなぜフェデラーはユニクロに変えたのでしょうか。 引退後の計画を考えて 「いつかテニスからは引退する日が来るけれど、人生からは引退しないんだ」 そうフェデラーは言っています。 また、「私の引退は近づいてきているけれども、ユニクロの柳井氏はその後でもユニクロにとって私が重要であると信じてくれている」とも言っています(わかりやすいように少し意訳)。 すなわち、 ユニクロの「10年契約」という長さが決め手の一つだったのでしょう。 フェデラーはロジャー・フェデラー・ファンデーション(基金)があって、毎年積極的にアフリカ支援を行っていますが、長期的にユニクロと組むことで、今後も世界に貢献できることが増えないか期待しているようです。 以前フェデラーは髭剃りで有名なジレットと契約していて、その際はアフリカへの募金のためのエキシビションマッチをしたいとジレットに交渉、2012年年末にツォンガとMATCH FOR AFRICAということでジレット出資の元エキシビジョンマッチを行ったことがありました。 2014年にもスタン・ワウリンカと腕時計メーカーロレックスの協力でエキシビジョンをしましたね。 フェデラーは引退後も影響力を持って何かしたいと考えていて、その考えはユニクロと一致したようです。 フェデラーとナイキの考えが合わなくなってきている また、ナイキとの関係性について、 「私とナイキの間にはここ10年の間いくつか強い衝突があったんだよ」とニューヨークで答えています。 単純にナイキとはもう合わなくなってきていた可能性があります。 2019. 01月現在もまだRFマークをめぐっての協議は続いており、RFマークはフェデラーのユニクロウェアにはついていません。 フェデラーが日本に来るようになった フェデラーはユニクロのグローバルアンバサダーに就任したので、予想はしていましたが本当に日本に来ましたね。 2017年はナイキのマイケルジョーダンとのコラボシューズの宣伝のため、2006年ぶりにこっそり来日しましたが、 2018年も銀座のユニクロに来ました。 2年連続楽天オープン期間中の来日は、上海マスターズ出場前に寄りやすいからなんでしょうね。 銀座のユニクロではフェデラーのサインをプリントしたシャツが限定発売され、フェデラーも袴を着たり新幹線と写真を撮ったりして楽しんでいました。 なお、これは余談ですが、実物のフェデラーは写真で見るほどのおじさんではなく、とにかく若いです。 背筋がピンとしています(2017年に新宿で見た感想)。 プリンセス、 生まれたての子鹿のような不思議なオーラを感じました。 2018年の来日は私も逃してしまいましたが、来年(2019年)も来日すると言っていたので、その際またブログに書こうと思います。 フェデラー引退前最後になるであろう黒塗りラケット、在庫がいよいよ尽き始めているので、きになるあなたはお早めにどうぞ(ネットだと日本の実店舗と中身は同じで10,000円安く買えます)。 [余談]圧倒的フェデラーオタクなので、ユニクロが出してくれたフェデラーウェア即買いしました。 気軽に安くフェデラーモデルが手に入るようになったことはフェデラーがユニクロになった恩恵ですよね。 今までだとこれがナイキで、4,000円以上してしまっていたので、2,000円程度で買えるようになったのは、非常にありがたいことですね。 RFマークの権利もナイキからフェデラー側に譲渡されることをファン的には望むばかりです。 2019. 07月現在、ユニクロ側がナイキからRFマークを獲得する話はボツになっています 英語を読める方は、下記記事参照。 TOEIC590点くらいあれば余裕で読める程度の難易度の記事です。 なお、マークの「買収」は、結局実現されてません。 動画撮影時点で、僕が誤った情報に流されています。 上記の記事を踏まえ、最新情報を英語記事を訳しながら解説した記事を公開しました。 さらに、2019. 08時点でフェデラーとナイキの間に契約はないですが、RFマークはフェデラー公式サイトで使用されています。 なので、ナイキはある程度、権利を手放しています。 フェデラーがユニクロ柳井会長と契約したことで、ともにフェデラー基金の南アフリカの子供たち支援の活動を推進していきたいという意思について、下記の記事後半で扱いました。 2019.

次の