引退 vtuber。 【悲報】vtuberグループにじさんじ30人ほど引退か

[ハニスト]蒼月エリ引退で考えるVtuber活動の終わりとリスナーの気持ち │ ねるぺんの夢

引退 vtuber

957字 答えは簡単です。 引退配信で説明しています。 ところがどっこい、今やそのを見ることは叶いません。 引退後一定期間を経たのち、稲荷くろむのチャンネルにある全ての と1つの動画 は、非公開に もしくは削除 されました。 理由は不明です。 中の人と契約が切れた状態で、広告収入を得ることを是としなかったのかもしれません。 あるいは全く別の理由。 ここらへんは一旦放置しましょう。 本人の述べた引退理由は、非常にざっくり言えば。 もちろん、たいていの物事には複数の要因が絡み合いますから、他にも原因はあったでしょうが、私はこれがベストアンサー、かつファイナルアンサーだと思います。 ところで、そういったこととは関係なく、稲荷くろむの引退は予測し得た事態だったのではないかと最近思うようになったのです。 あにまーれは、中の人を公募ではなく、スカウトによって集めて作られました。 ここの運営のスタイルや戦略はかなり興味深いのですが、今詳細に踏み入ることは控えます。 さて、稲荷くろむの初配信を思い出してください。 …思い出しましたか? 他のあにまーれメンバーは、配信者としてのキャリアがある人材を使っています。 一方、稲荷くろむの中の人は、配信者としての経験がほぼありませんでした。 これはかなり特殊です。 スカウトであればなおのこと。 実際、自身が配信をすることはあまりなく、別の人の動画や配信にチームメイトとして登場することがほとんどでした。 当初、運営から打診があったのは別の人だったのではないでしょうか。 そこから紆余曲折を経て、稲荷くろむというが誕生した、と。 として、別個のキャターを作り上げて演じるというのは、たとえどんなに当人と似通ったものであれ あるいは、似通っているほど 負荷のかかる行為です。 に限らず、芸能人、、サラリーマンさえ。 たいていは、その負荷を心のうちで整理し、解きほぐした状態で挑むのですが、まれにそうでない場合もあります。 つまり稲荷くろむとは、そもそも奇跡であり、偶然の産物だったのだと個人的には理解しています。 そしていつか、諸々の障害をなぎ倒して、止むに止まれず誕生するであろう新たな稲荷くろむを、ひっそりと待っています。 thinkaboutvtuber.

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[ハニスト]蒼月エリ引退で考えるVtuber活動の終わりとリスナーの気持ち │ ねるぺんの夢

引退 vtuber

はじめに 前回の記事「」は、好評をいただきnote編集部おすすめ記事に認定されました。 この記事で述べたとおり、これからの時代は 1企業が1VTuberを抱える時代となることが予想されます。 VTuberに関わる仕事が加速的に増えていく時代において、企業の 所属VTuberへのマネジメント能力は重要な役割を占めることになります。 2019年5月21日、人気バーチャルYouTuberグループ、ハニーストラップの蒼月エリさんがVTuberの引退を発表しました。 彼女はYouTubeに6万人を超えるファンを持っており、 彼女の引退は、個人VTuberの引退とは訳が違います。 人気の企業所属VTuberで、順風満帆に見えていた彼女の突然の引退は、VTuber業界全体に衝撃をもたらしました。 私はこの出来事を「引退は悲しいけれど個人的事情だから仕方が無い」で済ませてしまってはいけないと考えました。 確かに個人的要因が大きいのは確かですが、 彼女の引退は今後のVTuber全体に関わる問題も内包しているからです。 この記事では、彼女を引退に至らしめた外的要因を考察し、企業による所属VTuberへの適切なマネジメント方法を提案していきます。 引退で企業が受ける損失 VTuberに詳しくない方は、「引退の何が問題なの?」と思われるかもしれません。 しかし、企業からすれば、 所属VTuberの引退は、大きなダメージとなるのです。 まず、金銭的な額でいえば、およそ数千万円以上の損失をもたらすでしょう。 VTuberはアニメキャラクターと違い、 演者個人のアイデンティティに依存する性質を持ちます。 そのため、引退したからといって、引退者のモデルを別の演者で使い回すわけにはいきません。 結果として企業は、それまで投資していたグッズ、衣装、2D3Dモデル、YouTubeの登録者とアーカイブ、Twitterのフォロワー等、全てを手放すことになるのです。 これら全てにつぎ込まれた労力と金銭、そして未来に生み出されるはずだった収益を考えれば、手塩にかけて育てたVTuberの引退が企業にどれほどのダメージを与えるかは計り知れません。 所属VTuberの引退によるデメリットは金銭だけではありません。 引退は、自社が抱える親交の深い他のVTuberにも精神的なダメージを与えます。 そして精神的ダメージは、多くの時間とお金をつぎ込み応援していたファンたちも同様です。 同じ企業で引退者が続出するようであれば、「演者への管理体制はどうなっているんだ?」と企業の信頼度低下にも繋がってしまいます。 現在の企業の対策 VTuberグループを持つ企業の多くは、所属VTuberが引退した際のダメージを減らすために、複数の戦略をとっています。 その一つが「 一定の結果に応じて投資額を増やす」というものです。 例えば、YouTubeの登録者が5万人を突破すれば新衣装制作、10万人を突破すれば3Dモデル制作という具合です。 いちから株式会社が運営する「にじさんじ」は、上記の戦略に「 少額で多くの演者を雇い入れる」という戦略を組み合わせています。 これにより、所属VTuberの引退によって企業が受けるダメージを軽減しているのです。 しかし、これらの戦略は引退によるダメージは軽減できますが、引退を食い止めるための策にはなり得ません。 優良企業でも引退者は出る 所属VTuberの引退は、企業が演者をないがしろにしているからというわけではありません。 例えば、蒼月エリさんの所属していた「ハニーストラップ」や、「にじさんじ」の運営企業は、ファンの間では優良企業として認識されています。 どちらも企業の人間がキャラクターとなり、Twitterでファンとの交流を図るほどです。 また、所属するVTuberたちが、配信内で「自由度が高くいい職場である」と発言しているのをしばしば耳にします。 例えばハニーストラップの周防パトラさんは、配信やTwitterでと運営企業に感謝を述べています。 しかし、ファンと演者を大切にしているはずのこれらの企業でさえ、既に複数の引退者を出してしまっています。 では、なぜVTuberは引退してしまうのでしょうか? 人が職を変える条件 企業所属のVTuberの引退とは、言い換えれば退職や転職と同義です。 病気で働けなくなったなど、どうしようもない要因を除けば、 人間が職を移す原因は「職務満足度の低下」によるものがほとんどです。 蒼月エリさんは引退理由を「他にやりたいことができたから」と語っていました。 これはVTuberとしての職務満足度が低下しており、新しい環境のほうが魅力的に映ったからと言えるでしょう。 行動経済学では、人間は「」というものを持っており、本能的に変化を嫌う性質を持っています。 職務満足度が高い状態であるならば、「職を変える」という決断には至りにくいのです。 職務満足度については、アメリカの臨床心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱したというものがあります。 この理論は、 仕事における満足と不満足に関わる要因は別であるというものです。 満足度は「達成」「承認」「責任」「昇進」などの要因で上昇することが明らかになっています。 他方で、 不満足は「給与」「対人関係」「作業条件」などに関係します。 ここで重要なことは、 不満足に関わる要因を満たしたからといって、満足度が上昇するわけではないということです。 例えば、「給与を上げる」というだけでは、満足度は高まらず、他の要因が満たされていなければ労働者は職を離れる危険性があるのです。 VTuberならば、蒼月エリさんのように、グループ内の「対人関係」がいくら良好であっても、それは不満足をもたらさないだけであって、職務満足度の上昇には繋がらないのです。 私は、 企業VTuberの引退は、これらの様々な要因が複合して起きる職務満足度の低下が原因であると考えています。 企業は全ての要因を考慮してVTuberのマネジメントをすることが求められるでしょう。 最も危険な要因は「作業条件」 この記事で、VTuberの職務満足度に関わる要素を一つ一つの分析していてはきりがありません。 そこで私が考える、最もVTuberの職務満足度を引き下げる要因の一つを紹介します。 それは、不満足に関わる要因の一つである「作業条件」です。 つまり、 「やりたいことができない環境」では労働者は少なくない不満を覚えるのです。 YouTubeは「好きなことで、生きていく」を謳っているはずです。 では、「やりたいことができない」とはどういうことでしょうか? YouTubeは規約で動画内容に制限をかけています。 そのため、 自由に自己表現ができないパターンが存在するのです。 蒼月エリさんの場合、 彼女は自由に歌や演奏ができる環境を失っていたのです。 彼女は、引退の約2ヶ月前にYouTubeの収益化が無効になるという事態に陥っていました。 YouTubeは、楽曲関連の著作権が特に厳しいことで有名です。 収益化停止の原因は、おそらく配信内で使用した楽曲の一部が著作権を侵害したためと推測されています。 仮に再度収益化申請が通ったとしても、これからは歌配信のたびに収益化を停止されるリスクがつきまといます。 彼女は歌を愛し、世界に自分の歌声を届けることを理想としていました。 私は、YouTubeの規制が彼女の夢への足かせとなってしまったのではないかと考えています。 上記は私の予想に過ぎませんが、実際にYouTubeの規制が企業VTuberの引退をもたらした例は存在します。 このように、 「やりたいことができない環境」は、VTuberを引退に追い込むまで 不満足を 増大させてしまう可能性を持つのです。 収益化停止は深刻なダメージを与える 蒼月エリさんの「やりたいことができない環境」が目に見える形に現れたのは、YouTubeの収益化停止事件からです。 YouTubeの収益化停止は動画クリエイターたちのメンタルに深刻なダメージを与えると推測されます。 行動経済学者のダン・アリエリーは「 」と述べています。 彼は実験でこの人間の性質を明らかにしました。 彼は被験者を2グループに分け、レゴブロックでロボットを作るたびに報酬がもらえるアルバイトを持ちかけました。 1つ目のグループは完成したロボットを並べていきます。 2つ目のグループは完成したロボットをその場でバラバラにされます。 出典:TED 結果、2つ目のグループは1つ目のグループよりもロボットを作る個数が少なくなったのです。 これは、レゴブロックが大好きな被験者であっても同様でした。 この実験は、 好きな仕事をやっていたとしても、無駄な作業はモチベーションを大きく低下させることを明らかにしました。 この実験をYouTubeに当てはめてみましょう。 YouTuberやVTuberが生産しているものは「動画」です。 彼らは、視聴者が動画を見ることで広告収入、投げ銭、月額のメンバーシップ料を得ることができます。 しかし、収益化が停止されると動画をいくら生産しても収益は生まれません。 これにより、 クリエイターは自分の仕事を「無駄なもの」と認識し、引退を決断するほどモチベーションが低下させる恐れがあるのです。 直近の例としては、登録者が14万人を超える動画クリエイターのベイレーンさんも、YouTubeに収益化を剥奪されて引退を発表していました。 結論として、企業は、所属クリエイターが収益化を停止された場合、 迅速なメンタルケアとモチベーションを回復させるための施策を打つ必要があるのです。 企業の具体的対策とは? では、企業は所属VTuberを引退させないために、具体的にどのような対策を取ればいいのでしょうか? まず、YouTubeの規制対策は、 YouTube以外のプラットフォームの活用が考えられます。 YouTubeではAIの自動判定で規約に違反していないかを判断しています。 そのため、例えば既存の楽曲やASMRのスライム音などは、実際には規約に違反していなくとも、誤判定でアカウントが停止されたり、収益化を剥奪される危険性があるのです。 「」「」「」「」など、配信媒体はいくらでも存在します。 演者がYouTubeで扱うには危険なコンテンツを望んでいる場合は、YouTube以外で配信すればいいのです。 これにより、演者の職務満足度の低下を防ぐことができるでしょう。 加えて、依存するプラットフォームを分けることは企業のリスクヘッジにも繋がります。 次に、突発的な収益化剥奪への予防には、 動画以外の収益モデルの構築が有効でしょう。 演者の仕事に複数の意味を持たせることで、仕事のモチベーションを維持させることができます。 収益モデルの例は、グッズ、ボイス、歌の販売。 オフラインやVR空間内での有料イベントなどが挙げられます。 最後に、私は VTuberの職務満足度を上げるにはオフラインで大勢のファンと交流するイベントが効果的であると考えます。 VTuberは直接ファンと声を交わす機会がほとんどありません。 例えば、蒼月エリさんの同僚である、宇森ひなこさんや宗谷いちかさんは、に、「リスナーさんって生きてたんだ……」と発言していました。 彼女たちは、半年以上Twitterや配信のコメントでファンとコミュニケーションを取っているのにも関わらず、実際に「人間」が応援している実感が沸かなかったそうです。 この例から、 数万人のファンを抱えていても、数字や文字だけでは実感がわきにくいということが伺えます。 つまり、VTuberに仕事の成果を感じさせるためには、 臨場感のあるフィードバックが必要なのです。 文字数の関係で詳細は割愛しますが、私は、因幡はねるさんが行った「」のような形態が理想であると考えています。 おわりに バーチャルYouTuberは自己表現のためのツールに過ぎません。 「VTuberになる」がゴールでは無く、「 VTuberになって自分は何をしたいのか?」が最も大切となるのです。 これはVTuberだけでなく、全ての仕事に共通するものでしょう。 企業は、「どうすれば社員の職務満足度を上げることができるのか?」を常に考え続ける必要があります。 それを怠ると有能な社員を手放すことになりかねません。 VTuberが楽しく活動できる環境作りは、演者だけでなく企業やファンにも大きなメリットをもたらします。 企業は「演者が本当は何をしたいのか?」をヒアリングし、「演者が自己表現を実現できる環境を整えること」が求められるのです。 VTuberは最新の職業であり、前例に習うことができないため、適切なマネジメントを体系化することは一筋縄ではいかないでしょう。 この記事が、少しでもVTuberの労働環境の改善に役立ち、今後のVTuberの発展に貢献することができれば幸いです。

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キズナアイ(1号)がVtuberを引退した理由 | リバータリアン心理学研究所

引退 vtuber

Vtuberを「 キャラクター」として認識するのか、それとも「 Vtuberというアバターを使用した配信者・投稿者」として認識するのか。 そもそもVtuberの定義とは何か…この手の議論は尽きることを知らない。 先に述べたとおりVtuberと一口に言っても、その形態や方針は多岐に渡る。 正味、7000通りの主義主張があると言って過言ではないと思う。 「リアルタイムで生きているキャラクター」「レスポンスがあるキャラクター」とVtuberを表現する人もいる。 それこそVtuberが流行り出した当初は、三次元要素がVtuberから滲み出ることに拒絶反応を示す傾向が強く、二次元寄りの解釈が強かった。 しかし、時間の経過につれそれも随分寛容になり、Vtuberの曖昧さはある意味加速しているのかもしれない。 私は所謂、キャラクター寄りのVtuberが好きで、何となく「 アニメ・漫画のキャラクター」に近い感覚で彼らを愛でている部分があった。 それこそ、感覚としては花を視覚で楽しむのに近い。 [ 熱心なファンでいること]というのは、相当な体力と根気つかうものだと私は思っている。 Vtuberの活動内容をチェックし、配信では返答があるかわからないコメントを打ち、ツイッターではこれまた返答があるかわからないリプライを飛ばす。 「見返りが欲しくてファンをしているわけではない」 という意見はもっともだ。 それでも、その熱量を維持し続けることは容易ではない。 「自分がコメントしなくても、他の誰かがコメントするだろう」 「自分が声を大にして応援しなくても、きっとこの子に影響はないだろう」 「この子は昔とは違う。 大手になって安泰なんだ」 Vとの交流 対話 に重きを置いていない私は、少なからずVtuberファンとして自分にそういう建前を使って「甘え」を見出してしまう。 ズルズルと熱量を下げて 「好き」を形にすること・伝えることをやめていき、後方父親面のROM専というポジションに納まる。 そして、推しの引退を目の当たりにしては酷く後悔をする。 「ああ、もっといっぱい好きだよっていっておけばよかった」 やった後悔よりも、やらずにいた後悔の方が大きいという通説があるように、喪失感と共に訪れる後悔は果てしない。 別に、「自分の気持ちをVに伝えていたからといって、そのVの引退が回避できたわけではない」のだ。 それはもちろん理解している。 だが、あんなに楽しい時間を貰っていたのに、彼女や彼らに励まされていたのに、貰うばかりだったことが申し訳ないような、心苦しいような、ぽっかりと穴の開いたような虚しさと罪悪感が残る。 さて、突然だが私は1度、Vtuberであることを辞めてしまおうかなと思ったことがある。 元々視聴者気質が高かったので、辞めるというよりは いち視聴者に戻ろうかな、という感覚だった。 一度「休止」という形をとったが、その時私に一番影響を与えたのは「視聴者さんからの言葉」だった。 こう書くと声をかけてくれたVの方々には非常に申し訳ないのだが 「いつまでも待ってます!」という優しい言葉もあれば、「甘えちゃダメですよ!今すぐ戻ってきてください!ほらはやく!」という叱咤激励もあり、ありがたい限りだった。 やはり普段から声をかけてくれる視聴者さんの言葉は胸に沁みた。 休止してから数日後の、ある日。 見覚えのないアイコンからのDM。 実は前々から見てました、という視聴者さんからの文章で痛烈に印象に残ったものがある。 「いつも見てましたが、コメントやリプライはしてきませんでした。 今とてつもなく後悔しています。 引退だけはしないでください。 どうかもう一度チャンスを下さい」 わかりみが深すぎる。 ありがたいだとか、うれしいだとかの感情の前に全力疾走してきたのは、わかりみの深さ。 わかる。 それだ。 よくある。 わかりみが深い。 気になって、彼のツイッターを見に行った。 自身のつぶやきはほとんどなく、またVtuberへのリプライもない。 たまーーに推しのツイートをRTするだけのアカウントを見て、勝手ながらこのDMを送るのも相当な決断のもとではないかと察した。 同じいち視聴者として、彼の勇気ある行動に賛辞を贈らずにはいられなかった。 同時に、これはVを辞められないな、とも思った。 彼のDMはVtuberセツナ・リビデシュタイン継続の決定打だったように思う。 余談ではあるが、彼はそれ以降配信で「おつりび~ 別れの挨拶 」をコメントしてくれるようになった。 Vtuberを推すというのは、やはり楽しい。 単純すぎるかもしれないが、推しのVtuberから「応援してくれてありがとね」なんてリプライが返ってきた日には 食事が美味しくなるし、なんだったら 数日間スキップ歩行にだってなる。 たまに自身がVtuberである事の意義を失いかける日だってある。 なぜなら、推しが毎日こんなにてぇてぇだと、自分は満たされてしまうのだ。 今日も今日とて推しが可愛くててぇてぇ。 こうしてVtuberファンとしての熱を取り戻したわけだが、私が次に目にしたのは 「V同士のリプに視聴者は混ざるな」 「視聴者のチラ裏みたいなリプライいりません」 といった議論。 勿論、 気持ちや愛情の伝え方にもモラルやマナーは必要だ。 声援や愛情、支援を送ることに見返りを求めたり、他の視聴者と自分を比較して不平を訴えたり、言葉を選ばず礼節を欠いたり、そういう行為はもはや応援でも声援でもなく、推しを追い詰める行為に他ならない。 さて、先述でVtuberが二次元なのか、三次元なのか、という活動スタイルについて触れた。 繰り返しになるが、 「Vtuber」という単語はいまや広義的な意味をもっていて、「 バーチャルと呼べる肉体を得ている活動者の全てを指す」と私は思っている。 だからこそ、一口にVtuberといっても、活動内容や主義主張は7000通りある。 それゆえ、視聴者である自分たちは推しVtuberのありようを見定めて、 適切な距離感と声援方法を見定めなければならない。 そこがちょっことばかり難しく、Vtuberの特殊なところなのかもしれない。 「同じパン屋のパンなのに、このメロンパンとやきそばパン味が違うんですけど!?私はメロンパンが好きなので同じ味にしてもらえます!?」 と言っているようなものなのだ 例文が的確がいささかあやしいが、まぁこういうニュアンスだと思う 「V同士の会話に混ざらないで」という注意喚起も、同意が多いように見えたが正直人によるだろうなと思う。 実際、Vtuberである私は会話に混ざってきた視聴者さんを嫌だなぁとも思わないし 見えるところでのVtuber同士の会話はエンターテイメントの一部かなと思っているので 、視聴者としても「この人は萌えが極まったんだろうな」くらいにしか捉えない。 逆に、そういう注意喚起でVtuberに声をかけることに萎縮してしまった視聴者さんがいたら残念だな、と思ってしまう。 ただ、Vtuberは多種多様。 その行為が嫌な人もいて、その行為に寛容な人もいるのだ。 うーーーん、難しい。 正直なところ、Vtuberとして活動してきて「困った視聴者さん」に出会うことは少なからずある。 「せっかく時間を消費して見に来てくれた視聴者さんだしな」と思って、ともあれ私は柔らかく返すことが多かったが、とある人物の影響を受けてそれも変わってきている。 「Vtuberがファンに対して媚びる必要はない。 要求が強い人、Vtuberをコントロールしようとする人に屈するのは、他のファンに対して失礼な事だ」 はえ~~~~~!? 正直、目から鱗だった。 確かに!?言われてみればそうかもしれない。 それと同時に、Vtuberとしての自分が視聴者さんに貰った言葉が思い返される。 セツナ様は笑っていらっしゃいましたが、視聴者の僕からすればアンチと変わりません。 配信を見ているのが辛くて苦しかったです」 ほぉん!!!!!! 目から鱗の音 なるほど、自分は「優しいVtuberセツナ・リビデシュタン像」維持のために、ある意味一人の視聴者に屈して自己保身に走ったとも言える。 そして、それは今まで見てくれていた視聴者さんを省みない行動だった、と自覚した瞬間だった。 確かに、ある意味「人気商売」と言えなくもない世界ではあるのだが、いち個人のVtuberとしてはサービス業というわけでもない。 「ファンの期待や要求全て答えようとする必要はない」 「視聴者は神様ではない、無理なことは無理、嫌な事は嫌と表明していい」 この意識を持つようになってから、短絡的かもしれないがVtuberとしても、そして視聴者としてもかなり過ごしやすくなったように思う。 というか、いち視聴者としてはVtuberに対して「 そうであってくれ」とすら思う。 優しいVtuberであればあるほど、視聴者に心を寄せて、そして折れてしまう。 「私が我慢をすれば済む話だ」「私が気持ちを伝えることで、視聴者さんを悲しませたり怒らせたりしてしまうかもしれない」 その我慢によって貴方が引退しちゃったら、大勢の視聴者が泣きますからね!?私とかね!!!!そんな気持ちだ。 良心的なVtuberファンでいたい。 好きな人に好きと伝える事に怯えたくない、後悔したくない。 そして、Vtuberとして彼らの声援をあって当たり前と思わず、感謝していきたい。 自分の過ごしやすい土壌作りに、後ろめたさを感じずに活動していきたい。 そう思う次第だ。 応援側も多岐に渡り、自分みたいに「友達or近所の方々」と思って気軽にリプを送る人もいれば「アイドルor神みたいな存在」として奉ってリプライなんて畏れ多い!という人もいらっしゃいますので…これも難しい所ですね。 セッちゃん 女帝に対してフランクすぎんか自分 の言ってることにもう頷きっぱなしです。 私も後悔しないように9月末に卒業されたVの方に最初だけど最後のファンレターを書いて送りました。

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