武田 鉄矢 三 枚 おろし 2019。 文化放送 武田鉄矢・今朝の三枚おろし

武田鉄矢 今朝の三枚おろし『漢字とアジア』2019.01

武田 鉄矢 三 枚 おろし 2019

の続きです。 楽観的に考える方が命のためにはいい。 笑う門には福来る。 笑っているから福が来る。 努力をしないと楽観性がキープできない。 扁桃体と、前頭葉の吻側前帯状皮質(ACC)の接続が弱まると鬱になる。 鬱とは幸せを感じる感覚の不調のことではなくて、感情がフリーズ(硬直)することである。 扁桃体とACCの接続を励まし強化するためには、楽しいことを想像して回路を活性化するしかない。 武田先生が売れていない時の話。 仕事は月に3〜4本しかない。 海援隊(若い方はご存じないと思うが、武田先生はフォークグループ「海援隊」のボーカル)の三人で「売れっ子ごっこ」をやっていた。 何かの番組にゲストとして出演する。 マネージャーと示し合わせて 「この後ちょっと時間がないもので」 スタジオ収録が終わると同時にダッシュで出て行く。 何も予定がないのに。 次の仕事は一週間先にしかないのに。 そこまで走ろうという「売れっ子ごっこ」。 武田先生が一人でやっていた「バカ遊び」。 「インタビュー」をよくやっていた。 売れっ子になって雑誌の取材の人からインタビューをされて、今までの苦労を楽しく語っている。 武田先生の奥様が仕掛けた一種の芝居。 紅白に出場した次の年、仕事が全くなくなった武田先生。 給料が四か月間ない。 事務所を辞める決心をして、次の事務所に行くまでの間、喰い繋ぐために奥様と二人でスナックの皿洗い。 原宿の鉄板焼き屋で四千円もらえる。 夕方から深夜の一時、二時まで。 妊娠七か月の奥様と仕事のない武田先生。 原宿のバイト先から恵比寿まで歩いて帰る。 妊娠中のおなかを冷やさないように気を付けつつ、貧乏なので寄り添うしかない二人。 青山学院を抜けてコカコーラボトラーズの本社がある坂道で、奥様が真っ暗い晦日の闇(すでに年が明けていたが)で奥様が 「見ておこう。 ここ、どん底だから。 風景をよく見ておこう。 今度出世した時に『あそこからやり直しました』。 そんなエピソードにしよう。 」 奥様と二人でゲタゲタ笑いながら貧乏坂を上る。 もう笑うしかない。 本当にどん底。 それから二週間とたたずに武田先生に映画出演の話が。 ターリ・シャーロット曰く「とにかく楽観的に考えるということを自分の習慣にしてしまえ」。 扁桃体と前帯状皮質の接続を、激しく往復させて強化する。 楽しいことを思いつくという脳にしてしまうと、本当に素晴らしいことがあなたの人生の起こるのだ。 記憶の役割は、過去の経験を未来の考えや行動の手引きとして使えるようにすること、つまり思い出を取っておくのではなく、思い出を未来のために作り直すことが一番大事。 重大なことは過去の否定的経験をもとに学習し、その学習を未来のよい成果のために作り直すことなのだ。 強く肯定的バイアスで過去を見る力がつくと、未来は少しずつバラ色がかって見えてくるはずなのだ。 脳はいつも楽観を準備している。 例えば脳の奥にある尾状核は、頭痛で悩む時、腰痛で辛かった時のことを思い出して重ね合わせると、楽観が前に出てくる。 (このあたりの話は249頁あたりの内容かと思うのだが、本の内容はちょっと違うことを言っているのではないかと思うが) 前頭葉の前帯状皮質は、例えば事故によって身体の一部が不自由になった人、若い頃はオリンピックでさえ目指せていた、素晴らしい体能力を持ちながら事故で車椅子の生活になった人でも赤々と燃えている脳の部位である。 人間というのは絶対に絶望はしない。 人間は絶望に遭遇すると脳の全てを投入して楽観的になるようにその人の向きを変える。 本当に落ち込んだ後、ふとしたことで笑い始める。 日本の未来予測は科学的には全て暗い。 地震、津波、経済不況、事故(さまざまな重大なプラントの事故、原発事故)。 武田先生のドッグの検診にも、いくつも経過観察のという暗い予測がある。 昨年十月に眠れなかった武田先生。 そのきっかけとなった「薬は毒だ」ということが書いてある本。 探してみたけどそのものズバリな本が見つからなかったが このどちらかかと思うが。 本を読んでいるうちに、どんどん不安になる武田先生。 自分が飲んでいる薬が全部毒だと本には書いてある。 30日間、不眠と頻尿に悩まされる。 睡眠障害で病院を受診。 医師曰く 「これでは睡眠障害には入らない」 「とりあえず武田さん、健康は後回しにして酒飲みますか」 という救われた一言。 「お薬を飲むのが不安と言われましたが、薬というものは、そんなに効くものじゃありませんよ。 薬の効き目というのは30%ぐらい。 残りは自分の力です。 振り回されるのはよくありません」 その夜から武田先生は眠れるように。 医師にこれからとりかかる仕事に対する不安を打ち明けると 「だったら仕事をやってから悩みませんか? やる前に悩むのは、ワケわかりませんよ」 おっしゃる通りで、やってもいない仕事を何か月も前から悩んでも意味がない。 238人のがん患者を追跡した。 60歳未満で悲観的バイアスの患者は、楽観的な患者よりも死亡率が高い。 人間にとって楽観的に考えるというのは生きる力を励ます。 内田樹先生の「修行論」の中で 「人間は時として、自分というものが自分の生き方に最も邪魔になるときがある」 人間にとって一番大事なのは「生きる力」。 スポーツ選手の子供の頃の作文。 サッカー日本代表、本田圭佑選手の卒業作文の内容がその通りになっている。 背番号までも言い当てている。 まだ実現していないのは「ブラジルに勝つ」ということだけ。 メジャーリーグの夢を達成した野球の松井秀喜選手。 きちんとしたビジョンを子供の頃から持っているかということの重要さの証明。 武田先生にとっての「生きる力」は坂本龍馬の明るさ。 脳は、階層構造をもって組織されている。 (286頁) 最上階が前頭葉、下に行くほど進化上の古い組織。 脳の地下、ビルで言えば駐車場、倉庫、温度管理、ボイラー室などが地下に用意してある。 感情の処理にかかわる扁桃体、記憶において重要な役割を果たしている海馬、刺激や行為の価値を表現するために必要な綿条体だ。 (286頁) 人の出入りと同じように出来事は一階受付から入ってくる。 それを地下の古い階層が感知して扉が開く。 扉が開くと同時に地下から前頭葉へ 「お客が来ましたぜ」 という知らせが入る。 お客さんがエレベーターで上がってくる間に、最上階の前頭葉で未来の予測を立てる。 入ってきた情報というお客様を肯定的な感情と「お・も・て・な・し」という暖かい感情で情報を最上階に送ると未来が開ける。 悪い方に考えるという癖がついてしまうと、警戒態勢に入って、そう見えてしまう。 考え方は渦巻き状に悪い方へ。 暗い考え方をしていると、同じような人が集まってくる。 冬の北海道に旅行をする人は矛盾している。 雪が降っていない北海道は期待を裏切っている。 飛行機が離着陸する時だけは雪が降らないことを期待している。 この時期に北海道へ旅行する人は楽観的な人である。 同じ情報を聞いても、待たされる時間や引き返すイライラといった悲観的なことを想像する人と、うまく飛行機が降りて楽しんでいる自分を想像できる楽観的な人。 どちらが北海道のためになるか? 陰気なサルはサルなまま。 楽観的なサルは人間になった。 楽観的なサルの方が生存の確率が高まる。 「明日、死ぬかも知れない」 よりも 「明日はまず死なない」 と思った方が生命力が強くなる。 人間が持っている楽観的な考え方が、大きな事故や国際的な紛争を引き起こして犠牲者を出すこともある。 しかし脳は現実について、ゆがんだ楽観的な見方を捨てない。 楽観的でなければ、私たちはアフリカの東部の草原のサルのままだった。 一部のアフリカから歩き出したサルの成れの果て。 「楽観性は赤ワインのようなものだ。 毎日グラス一杯なら体にいいが、毎日ボトル一本では危害をもたらしかねない」。 極端な楽観主値は、ワインの飲みすぎと同じで、健康だけでなく財布にもよくない(278頁) 日本にも外国にもある言葉。 「適当」 本来の意味は「正しくぴたり」とやれ。 「いい加減」 よいかげん。 言葉の中に「楽観的に物事を考えていこう」という励ましがある。

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武田鉄矢・今朝の三枚おろし

武田 鉄矢 三 枚 おろし 2019

みなさん、こんにちは。 さて、新年度もまた武田鉄矢さんの今朝の三枚おろしをメモしておこう。 まだ新しいものはないから、去年のもので始めよう。 特に、明治の我が国の偉人たちがいかに無知だったか? 当時は歴史的発見もなく、遺伝子研究もなく、単なるそれまでの古代の通史しか知らなかった。 「韓の法則発動」も知らなければ、支那朝鮮人が日本人とはまったく異なる人種だということもわからなかったのである。 その結果、大きな歴史的悲劇に我が国が関わる結果に陥った。 こういうことがよく分かるわけだ。 特に、この伊藤博文の暗殺の話は歴史的検証が必要で、我が国のJFK暗殺に匹敵するものとみるという視点はまったく正しいのである。 これについて、面白いサイトを見つけたので、それもメモしておこう。 以下のものである。 長いので自分でチェックしてほしい。 1909年10月26日、伊藤博文暗殺当日、伊藤博文 暗殺された当時枢密院議長 は満州と朝鮮の問題についてロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフと会談するためにハルビン 哈爾浜 に赴いた。 午前9時、車内でココツェフの挨拶を受けた後、駅ホームでロシア兵の閲兵を受けていた伊藤に、群衆を装って近づいた安重根の放った銃弾3発が命中、約30分後に死亡した。 この時、安重根は「コレヤ ウラー! 」とロシア語で大きく叫んだ!!ところが、伊藤の遺体から発見された弾と銃創が違う!伊藤を絶命に追いやった銃弾はJFKを暗殺した際の「魔法の銃弾」と同じで説明がつかない。 犯行の際に所持していた安重根の銃は7連式のブローニング拳銃だった。 安重根が使ったブローニング拳銃は、ベルギーのFN社製のもので、拳銃の製造番号 262336 から、1906年9月8日に「クンフト社」に販売されたものであることが解っている。 クンフト社ならば販売先はロシア陸軍である。 安重根は伊藤の真の暗殺者を隠すための存在にすぎず、真犯人はロシア側にいる。 伊藤に命中した弾は、フランス騎馬隊のカービン銃の弾だった。 ブローニング拳銃でカービン銃の弾を撃つことは出来ない。 伊藤の随行員だった室田義文は『室田義文翁譚』に伊藤の体内から取出された銃弾は安重根が使用したブローニングの七連発拳銃のものではなく、フランス騎馬銃のものだったと記している。 また、検死の結果、伊藤を死に至らしめた銃の弾道が上から下に向かっている。 つまり、暗殺者は伊藤よりも上方から射撃している。 安重根は伊藤博文と同程度の身長であり、先述の室田義文の証言によれば、安重根は少ししゃがんで撃った。 つまり、下方から上方に向けて撃っている。 伊藤と同行した室田義文貴族院議員は、「駅の二階の食堂からフランス騎兵銃で撃った者がある。 ・・・右肩から斜め下に撃つにはいかなる方法によるも二階を除いて不可能である。 そこは格子になっていて斜め下に狙うには絶好であった」と証言した。 伊藤をプラットフォームに連れ出したのはロシア蔵相ココーフツォフで、銃撃の時に伊藤のすぐそばにいながら、かすり傷ひとつ負っていない。 外務省外交資料館の「伊藤公爵満州視察一件」にはこう書いてある。 「真の凶行担当者は、安重根の成功とともに逃亡したるものならんか。 今、ウラジオ方面の消息に通じたる者の言うところに照らし凶行首謀者および凶行の任に当たりたる疑いあるものを挙げれば左の数人なるべきか?」安重根の名前もこの中にあったが、この25人は「韓民会」というロシア特務機関の影響下にある組織だった。 日露戦争前に伊藤はロシアと協商を結ぼうとしていたものの、その後、日英同盟が結ばれ、日露開戦が予想より早くなり、そのためロシアは敗北した。 対ロシア謀略の中心人物が伊藤であると判断したため、裏切り者として復讐した訳だ。 安重根は伊藤の顔を知らず、証言では伊藤のことを背が高いと言っていたことから、室田義文を伊藤だと思った形跡がある。 伊藤は大日本帝国が韓国を保護するのは「富強が実るまで」であって韓国併合に反対する初期興亜論の支持者で安重根と同じ考えだった。 韓国を訪れた新渡戸稲造が、韓国統監だった伊藤に面会した際、伊藤はこう語ったそうだ。 「朝鮮に内地人 =日本人 を移すという議論が大分あるようだが、我輩はこれに反対しておるのじゃ。 君、朝鮮人はえらいよ。 この国の歴史を見ても、その進歩したことは、日本よりはるか以上であった時代もある。 この民族にしてこれしきの国をみずから経営できない理由はない。 才能においては決してお互いに劣ることはないのだ。 しかるに今日の有様になったのは、人民が悪いのじゃなくて、政治が悪かったのだ。 国さえ治まれば、人民は量においても質においても不足はない。 「伊藤を失った事で、東洋の偉人がいなくなった。 伊藤は我が国に忠実と正義の精神で尽くしてくれた。 自分の骨を長白山に埋める覚悟で、韓国の文明発達に尽くすと言っていた。 日本に政治家はたくさんいるだろう。 しかし伊藤のように国際政治を理解し、東洋の平和を祈った者はいない。 本当に伊藤は韓国の慈父だった。 その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事を理解できない流浪人だろう。 伊藤を失った事は、我が国だけの不幸ではない。 日本だけの不幸ではない。 東洋の不幸である。 その暴徒が韓国人である事は、『恥ずかしさの極限』である。 」 参考資料 1. リー・ハーヴェイ・オズワルドと安重根と「魔法の銃弾」 : 在日朝鮮人の戯言 2. 大摩邇 おおまに : なぜわが国は安重根を犯人とすることで幕引きをはかったのか~伊藤博文暗殺3 3. www. shinchosha. jp 4. Yahoo! ブログ「伊藤博文暗殺の真相は? - かつて日本は美しかった」 結局、真実とはこうだった。 伊藤博文は朝鮮人が古代に日本以上に発達した偉大な民族だから、自主独立できると想定し、韓国独立を擁立した結果、「韓の法則発動」により、自分がなにものかにより暗殺された。 これが一番簡単な説明だろう。 真実、すなわち歴史的事実とはこうだ。 古代の朝鮮が発達したのは、縄文時代の前期1万年以上前の日本が陸続きの時代には縄文人が住んでいたが、5000年前ごろ白頭山の大噴火で朝鮮半島に人が住めなくなり、その後半島と列島は海で別れた。 縄文時代末期の4500年前、朝鮮半島にまだ人が住んでいなかった頃、九州北部の倭人(熊襲)が、半島に渡り、南部から徐々に北上し、そこに日本文化が花開いた。 この頃は、日本人の天皇家が王として出向いた。 新羅、百済の王族は倭人であった。 だから、日本製の翡翠の勾玉の飾りをもつ。 そこへ同じ頃、アジアに侵入し始めたアーリア人が縄文系の西アジアに夏(か)帝国を作り東征しはじめた。 最初に縄文系の民族を支配し、商を滅ぼし、殷帝国とした。 そこから徐々に東征し、最終的に周の末期に朝鮮半島に東征し、朝鮮半島の倭人を駆逐し、倭人の女性を拉致レイプし子を生み、その子孫が現在の朝鮮人の祖先となった。 周の父、倭人の母により産み落とされた人種が朝鮮族である。 これが後に「檀君神話」の原型になった。 ましてや大陸に陸続きの半島にはさまざまの原住民もいたことを知らなかった。 少なくとも4種類の原住民がいた。 それが半島にはいつも4分裂する原因になった。 要するに東南アジアのチャイナ的な人種、日本人に似たタイプの人種、北方アジア人エベンキ族に似たタイプ、そして、周と倭人(九州熊襲や博多人)の混血の人種、この4種類がいるのである。 ところが、遺伝子研究のなかった明治時代には、単なる歴史ファンタジーを真実の歴史と思って勘違いしていたわけだ。 特に、明治の人たちが勘違いしたのは、いわゆる万葉時代を日韓の融合だと思ったことだろう。 新羅や百済はかつての日本人が作った国であって、朝鮮人の国家ではない。 高句麗はさらに昔の縄文系の日本と似た民族のルーツの国である。 チェジュ島のいわゆるエラ張り、吊目の人種はロシアの「悪魔の門の洞窟」由来の原住民である。 遺伝子的にもこれが現代の韓国人に一番近い。 まあ、そんな按配で、半島や支那の人間を顔貌が似ているからという理由だけで、同じアジア人だからというアジア人的好みで八紘一宇とか、大アジアとか、そういう妄想を描く結果になったわけだ。 そこを西洋人やロシア人からうまく付け入られる結果とあいなった。 今現在は、これまた偽ユダヤ人のかなでるグローバリゼーションに乗せられた、マッキンゼーの大前研一のせいで、我が国は悲惨なバブル崩壊後の時代を突き進む結果となったわけだナ。 まあ、信じる信じないはあなたのおむつ次第、じゃなかった、おつむ次第というわけですナ。 まあ、俺にはどうでもいいがヨ。 いやはや、世も末ですナ。

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武田鉄矢・今朝の三枚おろし(1月13〜24日)◆『脳は楽観的に考える』ターリ・シャーロット(後編): 今日、喰ったもの。あったこと。

武田 鉄矢 三 枚 おろし 2019

の続きです。 楽観的に考える方が命のためにはいい。 笑う門には福来る。 笑っているから福が来る。 努力をしないと楽観性がキープできない。 扁桃体と、前頭葉の吻側前帯状皮質(ACC)の接続が弱まると鬱になる。 鬱とは幸せを感じる感覚の不調のことではなくて、感情がフリーズ(硬直)することである。 扁桃体とACCの接続を励まし強化するためには、楽しいことを想像して回路を活性化するしかない。 武田先生が売れていない時の話。 仕事は月に3〜4本しかない。 海援隊(若い方はご存じないと思うが、武田先生はフォークグループ「海援隊」のボーカル)の三人で「売れっ子ごっこ」をやっていた。 何かの番組にゲストとして出演する。 マネージャーと示し合わせて 「この後ちょっと時間がないもので」 スタジオ収録が終わると同時にダッシュで出て行く。 何も予定がないのに。 次の仕事は一週間先にしかないのに。 そこまで走ろうという「売れっ子ごっこ」。 武田先生が一人でやっていた「バカ遊び」。 「インタビュー」をよくやっていた。 売れっ子になって雑誌の取材の人からインタビューをされて、今までの苦労を楽しく語っている。 武田先生の奥様が仕掛けた一種の芝居。 紅白に出場した次の年、仕事が全くなくなった武田先生。 給料が四か月間ない。 事務所を辞める決心をして、次の事務所に行くまでの間、喰い繋ぐために奥様と二人でスナックの皿洗い。 原宿の鉄板焼き屋で四千円もらえる。 夕方から深夜の一時、二時まで。 妊娠七か月の奥様と仕事のない武田先生。 原宿のバイト先から恵比寿まで歩いて帰る。 妊娠中のおなかを冷やさないように気を付けつつ、貧乏なので寄り添うしかない二人。 青山学院を抜けてコカコーラボトラーズの本社がある坂道で、奥様が真っ暗い晦日の闇(すでに年が明けていたが)で奥様が 「見ておこう。 ここ、どん底だから。 風景をよく見ておこう。 今度出世した時に『あそこからやり直しました』。 そんなエピソードにしよう。 」 奥様と二人でゲタゲタ笑いながら貧乏坂を上る。 もう笑うしかない。 本当にどん底。 それから二週間とたたずに武田先生に映画出演の話が。 ターリ・シャーロット曰く「とにかく楽観的に考えるということを自分の習慣にしてしまえ」。 扁桃体と前帯状皮質の接続を、激しく往復させて強化する。 楽しいことを思いつくという脳にしてしまうと、本当に素晴らしいことがあなたの人生の起こるのだ。 記憶の役割は、過去の経験を未来の考えや行動の手引きとして使えるようにすること、つまり思い出を取っておくのではなく、思い出を未来のために作り直すことが一番大事。 重大なことは過去の否定的経験をもとに学習し、その学習を未来のよい成果のために作り直すことなのだ。 強く肯定的バイアスで過去を見る力がつくと、未来は少しずつバラ色がかって見えてくるはずなのだ。 脳はいつも楽観を準備している。 例えば脳の奥にある尾状核は、頭痛で悩む時、腰痛で辛かった時のことを思い出して重ね合わせると、楽観が前に出てくる。 (このあたりの話は249頁あたりの内容かと思うのだが、本の内容はちょっと違うことを言っているのではないかと思うが) 前頭葉の前帯状皮質は、例えば事故によって身体の一部が不自由になった人、若い頃はオリンピックでさえ目指せていた、素晴らしい体能力を持ちながら事故で車椅子の生活になった人でも赤々と燃えている脳の部位である。 人間というのは絶対に絶望はしない。 人間は絶望に遭遇すると脳の全てを投入して楽観的になるようにその人の向きを変える。 本当に落ち込んだ後、ふとしたことで笑い始める。 日本の未来予測は科学的には全て暗い。 地震、津波、経済不況、事故(さまざまな重大なプラントの事故、原発事故)。 武田先生のドッグの検診にも、いくつも経過観察のという暗い予測がある。 昨年十月に眠れなかった武田先生。 そのきっかけとなった「薬は毒だ」ということが書いてある本。 探してみたけどそのものズバリな本が見つからなかったが このどちらかかと思うが。 本を読んでいるうちに、どんどん不安になる武田先生。 自分が飲んでいる薬が全部毒だと本には書いてある。 30日間、不眠と頻尿に悩まされる。 睡眠障害で病院を受診。 医師曰く 「これでは睡眠障害には入らない」 「とりあえず武田さん、健康は後回しにして酒飲みますか」 という救われた一言。 「お薬を飲むのが不安と言われましたが、薬というものは、そんなに効くものじゃありませんよ。 薬の効き目というのは30%ぐらい。 残りは自分の力です。 振り回されるのはよくありません」 その夜から武田先生は眠れるように。 医師にこれからとりかかる仕事に対する不安を打ち明けると 「だったら仕事をやってから悩みませんか? やる前に悩むのは、ワケわかりませんよ」 おっしゃる通りで、やってもいない仕事を何か月も前から悩んでも意味がない。 238人のがん患者を追跡した。 60歳未満で悲観的バイアスの患者は、楽観的な患者よりも死亡率が高い。 人間にとって楽観的に考えるというのは生きる力を励ます。 内田樹先生の「修行論」の中で 「人間は時として、自分というものが自分の生き方に最も邪魔になるときがある」 人間にとって一番大事なのは「生きる力」。 スポーツ選手の子供の頃の作文。 サッカー日本代表、本田圭佑選手の卒業作文の内容がその通りになっている。 背番号までも言い当てている。 まだ実現していないのは「ブラジルに勝つ」ということだけ。 メジャーリーグの夢を達成した野球の松井秀喜選手。 きちんとしたビジョンを子供の頃から持っているかということの重要さの証明。 武田先生にとっての「生きる力」は坂本龍馬の明るさ。 脳は、階層構造をもって組織されている。 (286頁) 最上階が前頭葉、下に行くほど進化上の古い組織。 脳の地下、ビルで言えば駐車場、倉庫、温度管理、ボイラー室などが地下に用意してある。 感情の処理にかかわる扁桃体、記憶において重要な役割を果たしている海馬、刺激や行為の価値を表現するために必要な綿条体だ。 (286頁) 人の出入りと同じように出来事は一階受付から入ってくる。 それを地下の古い階層が感知して扉が開く。 扉が開くと同時に地下から前頭葉へ 「お客が来ましたぜ」 という知らせが入る。 お客さんがエレベーターで上がってくる間に、最上階の前頭葉で未来の予測を立てる。 入ってきた情報というお客様を肯定的な感情と「お・も・て・な・し」という暖かい感情で情報を最上階に送ると未来が開ける。 悪い方に考えるという癖がついてしまうと、警戒態勢に入って、そう見えてしまう。 考え方は渦巻き状に悪い方へ。 暗い考え方をしていると、同じような人が集まってくる。 冬の北海道に旅行をする人は矛盾している。 雪が降っていない北海道は期待を裏切っている。 飛行機が離着陸する時だけは雪が降らないことを期待している。 この時期に北海道へ旅行する人は楽観的な人である。 同じ情報を聞いても、待たされる時間や引き返すイライラといった悲観的なことを想像する人と、うまく飛行機が降りて楽しんでいる自分を想像できる楽観的な人。 どちらが北海道のためになるか? 陰気なサルはサルなまま。 楽観的なサルは人間になった。 楽観的なサルの方が生存の確率が高まる。 「明日、死ぬかも知れない」 よりも 「明日はまず死なない」 と思った方が生命力が強くなる。 人間が持っている楽観的な考え方が、大きな事故や国際的な紛争を引き起こして犠牲者を出すこともある。 しかし脳は現実について、ゆがんだ楽観的な見方を捨てない。 楽観的でなければ、私たちはアフリカの東部の草原のサルのままだった。 一部のアフリカから歩き出したサルの成れの果て。 「楽観性は赤ワインのようなものだ。 毎日グラス一杯なら体にいいが、毎日ボトル一本では危害をもたらしかねない」。 極端な楽観主値は、ワインの飲みすぎと同じで、健康だけでなく財布にもよくない(278頁) 日本にも外国にもある言葉。 「適当」 本来の意味は「正しくぴたり」とやれ。 「いい加減」 よいかげん。 言葉の中に「楽観的に物事を考えていこう」という励ましがある。

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