新しき 年 の 初め の 初春 の 今日 降る 雪 の いやし け 吉事。 新しき 年の初めの・・・(89527)|ピタットハウスの地域情報発信ブログ[街ピタ]

万葉集その六百六十五 (新年の歌:戌) : 万葉集遊楽

新しき 年 の 初め の 初春 の 今日 降る 雪 の いやし け 吉事

ますます たび重なる」(『新潮国語辞典』)の意の命令形。 親しい者どうし。 心の合った者どうし」(岩波古語辞典)。 集まっている」(同上)。 「めり」は推量の助動詞。 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。 なお、「正丁」は「大宝令(たいほうりょう)の制で、二十一歳以上六十歳以下の健康 な 男子の称。 ……身体に病気・故障のある者、および六十一歳以上の者を次丁とする」 (新 潮国語辞典)。 「助丁(すけを)」は「防人(さきもり)の身分で、正丁に対する 次丁を いう」(岩波古語辞典)。 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。 〔 〕は補足。 なお、「はも」は「連語(係助詞のハとモとの複合したもの)」で、「(文末の体言に つ いて)強い愛情や執心などをこめた詠嘆をあらわし、…はどうしたろう、…はどうな った ろう、などの意に使う」(岩波古語辞典)。 なお、万葉集の古写本として信頼度の高い西本願寺本の原文は馬偏に旁(つくり)「麗」 の文字、万葉集の歌を再編集した最初の本『類聚古集』では馬偏に旁「聚」の文字。 「みもろ」は「御室、三諸、御諸」と表記され る。 岩波古語辞典によれば、「ミは接頭語。 モロはモリ(杜)と同根、神の降下してく る所」、「ツクは築く意か。 一説、イツク(斎)の約」。 「こもりく」は「隠国、隠口」と表記される。 岩 波古語辞典によれば、「クはイヅクのク、所の意」。 …たらしい」(岩波古語辞典)。 原文『去 来』は中国の俗語として用いられた文字」、「子ドモは年下または目下の親しい人々に 対する呼びかけ」(日本古典文学全集『萬葉集一』)。 ……このように複数だけを表わす単語は、日本語には他例が ない」(岩波古語辞典)。 愛すべき。 『ああ』という嘆息の語 とほとんど同義になる例が多い。 亡くなったものを愛惜し、また自己に対して嘆息する 意に多くつかう。 はしきよし。 はしけやし」(岩波古語辞典)。 従って相手に呼びかけるに使う。 また、拍子を整えるに用いる」(岩波古語辞典)。 「采女」は「奈良時代の、後宮の 女官。 天皇・皇后の御膳(ゴゼン)・手水(チヨウズ)などに奉仕した。 令制(リヨウ セイ)では郡(コオリ)の小領(スケ)以上の者の美しい娘をあてた」(新潮国語辞 典 )。 伊藤博『萬葉集釈注(一)』(集英社文庫)によれば、「臣下との結婚を禁じら れていた采女を、藤原鎌足だけが妻となしえた喜びを誇示した歌」、「安見児」は「こ の采女の呼び名。 見た目によいかわいこちゃん、の意らしい」。 金属製の門か」(岩波古語辞典)。 「奈良時代にはアシヒキノと清音」(岩波古語辞 典)。 ウヘには物に直接接触す る意があるので、ナヘは、『…の上』の意から時間的に同時・連続の意を表わすように なった。 用言の連体形を承ける)…と共に。 …と同時に。 …につれて」、「この語は長 らくナベと読まれて来たが、万葉仮名の研究から、奈良時代にはナヘと清音であったと されるようになった。 『…なへに』の形でも使われる」(岩波古語辞典)。 1月27日 題詞に「湯原王の宴席の歌」とあり。 薄くすき透って美しいものとされた。 1月28日 公務で出かけた夫の帰りを長く待ちわびて臥せっていた女が、帰ってきた夫の自分を見 て悲しんでうたった歌に、枕より頭を挙げて和した歌。 [口語訳]「黒髪もしとどに濡れて、粉雪のふりしきる中をお帰り下さったのですか。 私がこんなにもお慕い申していたので」(伊藤博『萬葉集釈注(八)』〈集英社文庫 〉)。 こんなにはなはだしく」(岩波古語辞典)。 いささか。 かすか。 『子らし』の『し』は、強めの副助詞。 『あ やに』は、やたらにの意」、「も」は「(終助詞)詠嘆・感動の気持ちを添えるのに用 いられる」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。 1月30日 大伴家持に贈った歌。 ナは無しの語幹。 性根もなくてどうにもならぬの 意)やたらに…してどうにもならない」(岩波古語辞典)。 「『〜つつもとな』…この 表現は、環境の状況と作者の心情とのあいだに生ずるやりきれない違和感を述べる表現 として結句に用いられる。 …相手の反応のないことを嘆いている自分なのに、千鳥には 答える友のいるらしいことが『鳴きつつもとな』である」(伊藤博『萬葉集釈注(二)』 〈集英社文庫〉)。 はて」(岩波古語辞典、以下同じ)。 なか」。 本当に。 奈良時代は下に打消の表現を伴い、決して、少 しもの意」。

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【新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞など

新しき 年 の 初め の 初春 の 今日 降る 雪 の いやし け 吉事

ますます たび重なる」(『新潮国語辞典』)の意の命令形。 親しい者どうし。 心の合った者どうし」(岩波古語辞典)。 集まっている」(同上)。 「めり」は推量の助動詞。 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。 なお、「正丁」は「大宝令(たいほうりょう)の制で、二十一歳以上六十歳以下の健康 な 男子の称。 ……身体に病気・故障のある者、および六十一歳以上の者を次丁とする」 (新 潮国語辞典)。 「助丁(すけを)」は「防人(さきもり)の身分で、正丁に対する 次丁を いう」(岩波古語辞典)。 上記、水島義治『校註万葉集東歌・防人歌』新増補改訂版(笠間書院)から摘記引用。 〔 〕は補足。 なお、「はも」は「連語(係助詞のハとモとの複合したもの)」で、「(文末の体言に つ いて)強い愛情や執心などをこめた詠嘆をあらわし、…はどうしたろう、…はどうな った ろう、などの意に使う」(岩波古語辞典)。 なお、万葉集の古写本として信頼度の高い西本願寺本の原文は馬偏に旁(つくり)「麗」 の文字、万葉集の歌を再編集した最初の本『類聚古集』では馬偏に旁「聚」の文字。 「みもろ」は「御室、三諸、御諸」と表記され る。 岩波古語辞典によれば、「ミは接頭語。 モロはモリ(杜)と同根、神の降下してく る所」、「ツクは築く意か。 一説、イツク(斎)の約」。 「こもりく」は「隠国、隠口」と表記される。 岩 波古語辞典によれば、「クはイヅクのク、所の意」。 …たらしい」(岩波古語辞典)。 原文『去 来』は中国の俗語として用いられた文字」、「子ドモは年下または目下の親しい人々に 対する呼びかけ」(日本古典文学全集『萬葉集一』)。 ……このように複数だけを表わす単語は、日本語には他例が ない」(岩波古語辞典)。 愛すべき。 『ああ』という嘆息の語 とほとんど同義になる例が多い。 亡くなったものを愛惜し、また自己に対して嘆息する 意に多くつかう。 はしきよし。 はしけやし」(岩波古語辞典)。 従って相手に呼びかけるに使う。 また、拍子を整えるに用いる」(岩波古語辞典)。 「采女」は「奈良時代の、後宮の 女官。 天皇・皇后の御膳(ゴゼン)・手水(チヨウズ)などに奉仕した。 令制(リヨウ セイ)では郡(コオリ)の小領(スケ)以上の者の美しい娘をあてた」(新潮国語辞 典 )。 伊藤博『萬葉集釈注(一)』(集英社文庫)によれば、「臣下との結婚を禁じら れていた采女を、藤原鎌足だけが妻となしえた喜びを誇示した歌」、「安見児」は「こ の采女の呼び名。 見た目によいかわいこちゃん、の意らしい」。 金属製の門か」(岩波古語辞典)。 「奈良時代にはアシヒキノと清音」(岩波古語辞 典)。 ウヘには物に直接接触す る意があるので、ナヘは、『…の上』の意から時間的に同時・連続の意を表わすように なった。 用言の連体形を承ける)…と共に。 …と同時に。 …につれて」、「この語は長 らくナベと読まれて来たが、万葉仮名の研究から、奈良時代にはナヘと清音であったと されるようになった。 『…なへに』の形でも使われる」(岩波古語辞典)。 1月27日 題詞に「湯原王の宴席の歌」とあり。 薄くすき透って美しいものとされた。 1月28日 公務で出かけた夫の帰りを長く待ちわびて臥せっていた女が、帰ってきた夫の自分を見 て悲しんでうたった歌に、枕より頭を挙げて和した歌。 [口語訳]「黒髪もしとどに濡れて、粉雪のふりしきる中をお帰り下さったのですか。 私がこんなにもお慕い申していたので」(伊藤博『萬葉集釈注(八)』〈集英社文庫 〉)。 こんなにはなはだしく」(岩波古語辞典)。 いささか。 かすか。 『子らし』の『し』は、強めの副助詞。 『あ やに』は、やたらにの意」、「も」は「(終助詞)詠嘆・感動の気持ちを添えるのに用 いられる」(『例解古語辞典第二版』三省堂)。 1月30日 大伴家持に贈った歌。 ナは無しの語幹。 性根もなくてどうにもならぬの 意)やたらに…してどうにもならない」(岩波古語辞典)。 「『〜つつもとな』…この 表現は、環境の状況と作者の心情とのあいだに生ずるやりきれない違和感を述べる表現 として結句に用いられる。 …相手の反応のないことを嘆いている自分なのに、千鳥には 答える友のいるらしいことが『鳴きつつもとな』である」(伊藤博『萬葉集釈注(二)』 〈集英社文庫〉)。 はて」(岩波古語辞典、以下同じ)。 なか」。 本当に。 奈良時代は下に打消の表現を伴い、決して、少 しもの意」。

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大伴家持歌碑(おおとものやかもちかひ)|鳥取市

新しき 年 の 初め の 初春 の 今日 降る 雪 の いやし け 吉事

新しき 年 25. 新しき 年 2015. 08 『新しき 年の初めの初春の 今日(けふ)降る雪の いやしけ吉事(よごと)』 万葉歌人の大友家持が、1250年前のお正月の宴で詠んだ歌だそうです。 この歌を今朝読んだある新聞で知りました。 この歌が、約4500首を収めた万葉集の掉尾(とうび)を飾る歌であり家持が、この世に残した最後の歌であったことが、また私たちの胸を打ちます。 しかもこの歌が詠まれたのは、1250年前・・・天平時代です。 いったいどんな時代だったのでしょうか。 その頃、新年に降る雪は、吉兆とされていたそうです。 新しい年が改まって、よいことが起る徴(しるし)として新年に降る雪を歓迎したその心は今の時代にも通じるものがあります。 「いやしけ」とは、ますます重なるという意味。 当時、家持は、左遷人事の中を失意の胸中にあったらしい。 そして、新年を迎えたお正月の宴で初春に積もる雪のように「吉き事」が重なってほしいと願う。 そう詠んだ歌が、万葉集の掉尾の歌で、しかも家持の最期の歌になろうとは。 私たちは、言霊(ことだま)によってすなわち言葉に宿っている不思議な力によって励まされることが多いと思う。 冒頭の歌で失意の中、自らを鼓舞した家持は1250年を経て昨年少し(実はかなり)へこたれていた私へも励ましのメッセージを送ってくれたのかもしれない。 そう思うと、自分自身が「世ごと」「人ごと」への感性を磨きながら「新しき年」を「いやしけ吉事(よごと)」にしたいと切に願う元旦でした。 本年もどうぞよろしくお願い致します。 2009. カテゴリ• カテゴリーなし.

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